「サッカーが好きやから」/サガン鳥栖・梁勇基選手、新天地に全てをかける


 金明輝監督と共闘誓う

 大阪朝高、阪南大学を経て、2004年からベガルタ仙台一筋を貫いてきた梁勇基選手(38)が移籍を決意した。理由は「大好きなサッカーを続けたいから」。満足のいく出場機会を得られなかった昨季の悔しさを胸にしまい、J1・サガン鳥栖で迎える新シーズンに「自分のすべてをかける」。


「ベガルタ仙台の象徴」


 「デビュー当時は、16年も同じクラブでプレーするとは思っていなかった。遠く離れていても、古巣のことは気にしている」 

 普段は淡々と話す梁選手が、この時ばかりは一抹の哀愁に浸った。「第二の故郷」とも言える仙台での日々は、いつまでも忘れられないという。

 地元・大阪の阪南大で活躍していた頃、J1・ジェフユナイテッド千葉への加入が決まりかけていた。しかし、加入話が破談。川崎フロンターレの練習に参加したが契約に至らず、K1リーグへの挑戦も模索していた。そんな中、当時J2のベガルタ仙台に拾われた。 

 卓越した攻撃センスと視野の広さを発揮し、プロ入り初年度から中心選手に。06年からエースナンバーである10番を背負い、09年には主将として7季ぶりのJ1昇格とJ2優勝に貢献した。  

 チームの絶対的な司令塔として名実ともに認知され、「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ」(11年3月)のJリーグ選抜チームに、外国籍選手でただ一人選出された。東日本大震災が起きた翌シーズンは、34試合11得点の活躍で、クラブ史上最高位の2位に躍進する原動力となった。 

 「節目節目の記憶が鮮明に残っている。何よりも、ピッチから見たリャンダンスが好きだった」。肩を組んだサポーターたちが、自身のチャントを叫びながら、左右に飛び跳ねる。鮮やかに揺れるスタンドに、何度も心を動かされた。  

 Jリーグ通算の出場試合数「522」(J1・268試合29得点、J2・254試合47得点)は、外国籍選手でJリーグ歴代1位の数字。「べガルタ仙台の象徴」はクラブの枠を超えて、ファンに愛され、プレーヤーたちの尊敬の念を集めてきた。


別れと再会 


 この2年間は先発での出場機会が減少し、昨季のリーグ戦は先発2回を含む13試合の出場にとどまった。「試合に出たい」という気持ちは増す一方で、悶々とした日々を過ごした。 

 「ベガルタ仙台からはありがたい話をもらったけど、自分は選手としてチャレンジしたかった。サッカーが好きやから、ここで辞めたら一生後悔すると思った」。自分の気持ちと向き合った結果、「心のクラブ」との別れを選んだ。  

 契約満了後、ほどなくして、J1のサガン鳥栖からオファーが届く。迷いはなかった。 本拠地となる佐賀の鳥栖は縁もゆかりもない土地。だが、1人だけ気心の知れた人物がいる。

 サガン鳥栖を率いる金明輝監督(38)だ。  


 泉州初級、南大阪中級に通った梁選手と、伊丹初級、尼崎初中に通った金監督は、初級部の頃から試合で張り合った仲。金監督が18歳でプロ入りした後も、同級生同士の親交は続いた。 

 2011年に現役を引退した金監督は、サガン鳥栖の育成年代で指導者の道を歩み始め、ユースチームを全国レベルに成長させた実績を持つ。18年にはJ1残り5節の時点で、降格危機にあったトップチームの監督に就任。3勝2分の無敗で残留を成し遂げると、昨季もシーズン途中で監督に就き、最下位に沈むチームを救った。  

 ここ2シーズンの手腕が評価された金監督は、2020シーズンの指揮官を任された。J1最年少監督が目指すのは、攻守において主導権を握る攻撃的なサッカー。そのスタイルを体現できる選手として白羽の矢を立てたのが、梁選手だった。

 「ヨンギには、ボールの経由地点、チームの心臓としての役割を期待している。足元の技術やキックの精度は錆びついていない。持久力にも驚かされている。彼のプロ精神、サッカー感の高さは、チームが成長するうえで欠かせないファクターになる」(金監督)  

 梁選手にとって今回の移籍は、プロ17年目にして初めての経験。「フレッシュな気持ちでのぞみたい」との気持ちから、現チームで最も大きい50番の背番号を選んだ。チーム最年長者として「少しでも若手の成長の助けになれれば」と、練習中には積極的に声をかけている。 

 「鳥栖には感謝してもしきれない。チームが飛躍するために、持てる全てを出し切りたい。まだまだ上手くなれる自信がある。競争に勝ち抜いて、1分でも長く試合に出たい」 

 

「先頭を走ることが」

 梁勇基選手と金明輝監督。

 歩んできたサッカー人生は異なるものの、根底の部分には共通するところがある。 

 長年Jリーグのトップレベルで戦ってきた梁選手は、「若い同胞の選手たちがどんどん出てきてほしい」と常々願っていた。一方で金監督は、鳥栖の地にいながらも「高校無償化問題などで差別されるウリハッキョの現状に胸が痛かった。一生懸命に活動する同胞たちの知らせを聞くと、思うことがあった」と話す。 

 自分に何ができるのか。2人の答えは同じだった。 

 「プロサッカー界で先頭を切って走ることが、同胞たちの夢と力になるんじゃないか」 初級部の頃から互いを意識し合い、良きライバル関係を築いてきた2人。「いつか一緒にやれればいいな」。そんな願いが叶った今、22日のJリーグ開幕戦に向け、気持ちは高まる一方だ。 


-朝鮮新報より-