2019年7月19日。
大阪の長居陸上競技場では、明哲選手が所属するアルテリーヴォ和歌山がJリーグ屈指の強豪であるセレッソ大阪と対戦することになった。 和歌山同胞はその情報を嗅ぎつけて、すぐに動いた。
「白明哲選手、応援プロジェクト」というプロジェクトが発起され、明哲選手を取り巻く支援の輪が広がり、当日の試合会場には多くの和歌山同胞が駆け付けた。
試合会場には「闘志爆発!」と書かれた横断幕が広がり、多くの同胞たちがアルテリーヴォ和歌山を応援した。試合結果は惜しくも敗戦だったものの、明哲選手にはその結果以上の収穫物があったはずだ。
そんな明哲選手の和歌山同胞に対する思いと、今シーズンの意気込みを聞いてみた。
【大学4年間でプロになれなかったら…】
ーー朝鮮大学校を卒業するタイミングで、プロになれないという事実に直面したとき、「就職する」という選択肢と、「カテゴリーを下げてプレーする」という2つの選択肢があったと思います。そのなかでも後者である「社会人リーグ」でのプレーを選択したのは何故ですか?
「大学に入学する時は、この4年間でプロになれなかったら選手としての道には区切りをつけようと思っていました。大学4年の時にJクラブの練習参加にも行かせて頂いて、実際に好感触を頂いたクラブもありました。でも、プロはそんなに甘くなかったし、運とかタイミングも大きく関わって上手くいきませんでした。最後までJリーガーという道は諦めなかったんですけど、厳しいということが徐々に分かってからは、一旦Jリーガーになることは諦めました」
ーー大学入学時は「プロになれなかったら選手としての道は諦める」という決心をしていたと思うんですけど、明哲選手は今、関西1部リーグに所属するアルテリーヴォ和歌山でプレーしています。心変わりするきっかけがあったんですか?
「色んな人に相談するなかで『まだサッカーやりたいんでしょ?』という意見を頂くことが多かったんです。もうJリーガーは目指さないと決めた後に、周りの人に相談していて、本当に諦めていたら相談すらもしていないと思うんですけど…その過程で色んな人からそう言われる度に、自分はまだサッカーがやりたいんだってことに気付かされて、そこで始めてJFLであったり、地域リーグについて調べ始めたんです。そして、最終的にいま所属しているアルテリーヴォ和歌山から内定を頂きました」
ーー多くの方々からの後押しがあったんですね。では、実際に地域リーグでのプレーするとなった時はどういう心境でしたか?
「同期のヨンテ(現栃木SC所属)が、大学在学中にプロデビューして、得点も決めていて、そこに対する劣等感は無かったんですけど、少なくとも意識はしていた自分がいました。ただ、僕は僕で、自分ならではの立ち位置から、これからの地域リーグでの挑戦に対する『ワクワク』や『期待』も物凄くあって。リーグが始まることが楽しみでしたね。その時は何よりも自分が好きなサッカーを楽しもうという気持ちが強かったので」
【中心選手としての自覚を】
ーー地域リーグでのプレーで感じることはありますか?
「地域リーグにはプロ経験のある選手がたくさんプレーしているし、アルテリーヴォは特にそういう選手が多いので、選手として習うことが多いです。正直、最初はレベルは高くないだろうなって漠然と思っていたんですよ。でも、まったくそんな事は無くて」
ーープロ経験のある選手とプレー出来るのは明哲選手にとっても大きいですね。昨シーズンの成果はどんなところにありましたか?
「技術的なところで言うと、ビルドアップ時のキックとか、ディフェンス時の読みとかカバーリングでは手応えを感じることが出来ました。 意識的なところで言うと、このような個の部分をどのようにしてグループに落とし込めるのかという部分を考え続けました。その過程でチームの勝利に強くフォーカスするようになり、その結果『堅実性』は増したかなと思います」
ーー逆にシーズンを通しての課題はどんなところですか?
「チームとして自分に求められていたDFラインを統率するということですかね。大学4年の時は副キャプテンとしての振る舞いを出せていたのに、社会人リーグ1年目の時は、そういう自分を出せませんでした。チーム関係者も、僕が大学の時に副キャプテンとしてプレーしていたことを知っていたので、DFラインの統率だったり、指示の声を出すという部分で期待していたと思うんですけど、そこの部分ではチームの期待に答える事が出来ませんでした。もっとガツガツやっても良かったのかなと思います」
ーーなるほど。そのような成果や課題を踏まえたうえで、今シーズンのテーマはどのようになりますか?
「今シーズンはたぶん『堅実性』だけで試合には出れません。大きく戦力が補強されましたので。だからこそ、チームに寄り添った『堅実性』を発揮しつつ、如何に『個』をチームにマッチさせていくのかという部分が大事になってくると思います」
ーーそのテーマである「個」とは「どのような個」ですか?
「シンプルに言うと『声』ですね。今シーズンのアルテリーヴォは豊富な戦術オプションにトライしようとしています。前線からプレスをかける時もあるんですが、前からプレスをかける分、後ろから指示の声を出さないと成り立たないんです。オプションは機能しないし、実際に最初の段階ではその綻びからの失点が多かった。このままでは駄目だなと思って、僕が率先して監督が考えている戦い方を吸収しようと、何度も監督のところへ聞きに行ったんです。こういったコミュニケーションを去年はほとんど取れなかったんですけど、意識的に行うと、頭で理解出来るようになってきて、それらを僕がピッチ上で代弁するイメージが出来て。今も後ろからチーム全体を統率するつもりでやっていますし、チームの中心選手としての振る舞いができればと思ってます」
ーー素晴らしいですね。そのような取り組みを継続しているとチームメイトやスタッフからの明哲選手自身の印象も変わるのではないですか?
「変わったとよく言われます。もちろん失敗することもあるんですけど、こういった姿勢を続けることでチームメイトからも信頼されるようになってきたし、スタッフからも去年より大きく変わったという評価をいただけました。継続しなければ意味はないですけど」
【サッカーと仕事の両立】
ーー社会人リーグに所属しているほとんどの選手が仕事で生計をたてながら、サッカーをプレーしていると思うんですが、サッカーと仕事の両立の面で難しかった部分はありましたか?
「コンディションとの向き合い方ですね。一回怪我をしてしまうと、回復に時間がかかるようになりました。やらないといけない仕事をこなしていると、知らずのうちに肉体的な疲労が蓄積されるので、怪我の回復は難しいです。だからこそ、そもそも怪我をしないような体作りが社会人リーグおいて大事なポイントです」
ーーメンタル的な部分での難しさってありますか?
「『この仕事からサッカーに繋げられる要素はあるのか』と模索し続けることが難しいです。サッカー以外のある程度の時間を仕事に割いているからには、何かしらをサッカーに活用しようと意識します。自分の場合、去年は接客業をやっていたので、サッカーで必要なコミュニケーションスキルを活かすことはできないかなとか。なかなか繋げようとしても難しいです。ただ、少しでも時間を無駄にしないようにしています」
ーーサッカーと仕事の切り替えは難しくないんですか?
「難しさは無いです。それよりも『やっとサッカーが出来る!』という気持ちが増しています。ある意味、仕事をするようになってからサッカーに対する感じ方がまったく変わりました。自然とそういう気持ちになるので、意識的に切り替える必要は無いです。これは自分的にも意外でした」
【自らのアクションで和歌山同胞に恩返しを】
ーー2019年7月19日に行われた天皇杯2回戦「vsセレッソ大阪」。この時に和歌山同胞が発起した『応援プロジェクト』が話題を呼びましたよね。和歌山でプレーする意義を感じれたのではないでしょうか。
「学生達が『白明哲選手!』って呼んでくれるんですよ。僕はそれまで『社会人サッカー』というカテゴリーに縛られていた部分があったんですけど、多くの学生の子たちが『白明哲選手!サインください!』って言ってくれる姿を見て、変わるきっかけになりました。少なくとも和歌山の学生たちにとって目標となる選手にならないといけない。そう思っています」
ーー選手としてそれほど嬉しいことはないですよね。和歌山の同胞がそのような交流を設けてくれること自体が有意義で素晴らしいことだと思います。
「本当にそうですね。セレッソ戦もそうなんですけど、その以前から和歌山ウリハッキョのサッカー部や父兄の方々が横断幕を持って応援に来てくれたり、学校の学園祭にゲストとして招待してくれたり。食事の面でサポートしてくださる同胞の方もいらっしゃって、多くの支援をして頂いてます。ちょっとのことで弱音は吐けないです」
ーーそれでは最後に、今シーズンの意気込みを聞かせてください。
「『関西ベストイレブン』に選出されることです。チームの昇格に向けて貢献し、個人としては無失点やセットプレーからの得点などといった結果にこだわろうと思っています。そして、日頃から多くの期待をして頂いてる和歌山同胞の方々にも恩返しがしたいです。去年は何もかもやってもらう立場だったので、今年は自分からアクションを起こして、ウリハッキョにサッカー指導などを通じて恩返しできたらと思ってます」
ーーありがとうございました。 今シーズンの活躍を期待しています!
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