「今度は僕達が憧れの存在に…」“同胞密着型クラブ”への道のり -FC KOREA 慎 鏞紀-


 2002年。日本と韓国で「2002 FIFAワールドカップ」が開催された。この日韓W杯は、FIFA史上初となる2カ国共同開催で、アジア地域においても初のW杯開催となった。

 その中でも韓国代表は自国開催の熱量を味方に付け、ベスト4という快挙を果たした。世界中のコリアンは熱狂し、アジア地域のサッカー熱は2002年を境に、沸々と燃え上がっていった。


 アジアを中心に世界中がサッカーで熱狂した、同じく2002年。

 在日コリアンサッカー界でも一つの改革が施された。在日コリアンを中心した社会人サッカーチーム「FC KOREA」が誕生したのだ。

 FC KOREAは、在日コリアンを中心とした社会人サッカーチームであり、一時代を築いた在日朝鮮蹴球団の意味を継ぐものとして、誕生したクラブでもある。    

 FC KOREAは創立以来、順調に実力を付けてきた。2012年に行われた「第48回全国社会人サッカー選手権大会」で優勝。翌年の2013年には「関東1部サッカーリーグ」で優勝。「日本フットボールリーグ(JFL)」参入まであと一歩の所まで来ていた。その当時は「社会人サッカーといえば、FC KOREA」という雰囲気すら日本サッカー界にはあった。


 しかし、近年のFC KOREAは華やかな結果を残せているとは言い難い状況にある。2013年のリーグ優勝以降、タイトルを獲得出来ておらず、チームの結果・理念ともに試行錯誤を繰り返している。 捉え方を変えれば、2012年の全国社会人サッカー選手権大会優勝や、2013年の関東1部リーグ優勝までの“紆余曲折”と同様、今のFC KOREAも目的に向かう為の過程段階なのかもしれない。

 FC KOREAはこれまでの結果を真摯に受け止め、2019年からクラブを新体制化させ、選手からチーム経営陣まで、フレッシュなスタートを切った。

 今回はその新体制となったFC KOREAのキャプテンである慎 鏞紀(シン・ヨンギ)選手に話を伺い、FC KOREAの現状と、これから目指す姿について聞いた。


在日サッカー界においてのトップの存在で在るべき

 FC KOREAがここ数年思うようなパフォーマンスを発揮出来ていない一つの要因として、主力選手の流出が挙げられるだろう。朝鮮大学校サッカー部でスタメンを張り続けた実力ある選手がFC KOREAに入団するのだが、その選手達にもイチ選手としての野心があり、上のカテゴリーでのプレー機会を求め、移籍していく。キャリアアップを目指す選手として、当たり前の思考でもある。

 慎選手は「上を目指して地域リーグやJFLの舞台に身を移すことも一つの選択肢ですし、その選択を下した選手たちを応援する姿勢は変わりません」と話すように、それぞれの選択を否定する訳でなく、むしろ尊重している。


 しかし、当の本人は5年もの間、FC KOREAでプレーし続けている。彼のポテンシャルからすると、他のクラブで挑戦出来るだけの資質があるのにも関わらずだ。
 「個人昇格の部分では他の在日の先輩方や後輩達に任せています。こう言うと無責任に聞こえるかもしれませんが、僕は別のフェーズで戦いたい。だって、単純にFC KOREAがJFLに昇格すれば在日社会が盛り上がるじゃないですか。誰も成し遂げていない所を目指したいんです」 

 そんな慎選手は「FC KOREAは在日サッカー界においてのトップの存在で在るべきだ」と話す。

 環境を移す選択肢が頭をよぎった事もあった。しかし、その度に多くの先輩方や支えてくれる人達から「ヨンギはFC KOREAでやるべきだ」というエールを貰い、そのおかげで今も一つの目的に向かい、一心にプレーし続けられている。


自分がやるのは当たり前。選手主導のチームを。

 FC KOREAは社会人チームであるため、プロに比べると日常生活を共に送ることも少なければ、価値観を共有する時間も少ない。週に3回行われるトレーニングや週末に行われる試合を通してチームを作り上げていくしかないのだ。「他の社会人チームも同じような環境下でやっているし、そこを理由には出来ない」と話すように、今ある状況で活路を見出すしかない。

 今シーズンからキャプテンを務める慎選手は、チームを引っ張るうえで「自分がやるのは当たり前だ」と話す。体を張った献身的なプレーでリーダーシップを発揮するタイプの選手であったが、今は「時間が限られているからこそ、コミュニケーションの必要性を感じているし、どのようにお互いの気持ちを擦り合わしていくのかが課題です」と話す。

 「選手主導でチームを作っていかないと本当に後が無いと感じています。1人1人が自覚を持って、当事者意識を強めないといけません。その為にもそれぞれの選手に役割を与えてチームを作っていきたいと考えています」


同胞密着型クラブとして    
 日本全国にある数々のサッカークラブが、クラブのホームタウンに密着し、地域貢献活動を主軸に理念達成を目指している。

 しかし、FC KOREAをは少し違う。チームは東京に位置しているものの、ホームタウンは何処だと言われると、東京だとは一概に言えない。むしろ、FC KOREAのホームタウンは日本全国各地にある。

 密着すべき場所は東京を含めた“全国同胞”だということだ。

「僕達FC KOREAには全国各地にファンサポーターがいます。その全国に繋がったネットワークこそが僕達の強みです」と慎選手は話す。

 かつての在日朝鮮蹴球団は日本全国、時には海外に遠征し強化試合を行ってきた。しかし、ただの強化試合に収まることはなかった。何故ならその地域の同胞がこぞって試合に足を運び強烈な声援を送ったからだ。

 在日朝鮮蹴球団も手を抜くことなく、その強さを遺憾なく発揮した。全国各地を巡回しながら、その先々でファンサポーターを惹き付け、在日コリアンの“憧れ”の的となってみせたのだ。


 2019年に新体制となったFC KOREAも、ウリハッキョ(日本にある朝鮮学校)訪問活動を精力的に行っている。FC KOREAの選手やスタッフが自ら足を運び、サッカー教室を開くなど、『未来のFC KOREA選手』たちと交流を深めているのだ。

 「ウリハッキョに訪問する度に新たな発見があります。思っているよりも、僕達がウリハッキョ学生たちに及ぼす影響力は大きい。その自覚を持って日々を過ごさないといけません」と愼選手は話す。

 FC KOREAは、かつての在日朝鮮蹴球団みたいに全国各地を回ることは出来ないが、訪問活動を行うことよって、FC KOREAを取り囲む輪は確実に広がって行き、その存在意義が明確になる。「自分達が何をしているのか伝えないと、存在意義を発揮することが出来ない」


今度は僕たちが憧れの存在に   
 取材も終盤に差し掛かる頃、慎選手はこう切り出した。    
 「僕は小さい時からFC KOREAでプレーする先輩達の背中を見て育ってきました。小さいながらに格好いいと、FC KOREAの選手達に憧れを抱いていました。今度は僕達が憧れられるような姿を、結果やクラブの理念を通して示さないといけない」
 その為には、結果と理念を持って発信し続けることが求められるし、『ここにFC KOREAが在る』というメッセージを力強くアピールしていく必要がある。


 チームの理念を伝える為の取り組みとして、新たにSNSを活用した発信も選手主導で運営していると話す。「応援したいけど、どういうクラブなのか中身が見えない。という意見を頂いた時にこれでは駄目だと思いました。自分達は誰の為のクラブなのか、もう一度考え、構築していきたいです」

 その目的と今の現状を照らし合わせた時、決して楽な道のりでないことは安易に想像することが出来る。そんななかでも、「クラブの理念にもあるように、在日社会に夢と希望と感動を与えたい」と、語る慎選手の眼差しは真剣そのものだった。

   

 FC KOREAの未来はどうなるのか。それは誰にも分からない。だが、明確な点が一つだけある。

 それはFC KOREAが全盛期の強さを取り戻し、誰しもが文句を言えない程の実力で在日コリアンサッカーの頂点に再び返り咲く時には、在日サッカーに明るい未来が待っているということ。


 『在日社会に夢と希望と感動をもう一度』という理念を掲げる、“在日コリアンによる、在日コリアンの為の、コリアンのサッカークラブ”の挑戦はまだまだ続きそうだ…