Jリーグ参入2年目となるチームだが、2014年にJ3リーグ制度が導入されてから、Jリーグのピッチに足を踏み入れるまでには血と汗が滲む物語があった。当時チームはJ3リーグ参入を表明するが、3度もの"J3クラブライセンス不交付"を言い渡され、苦難を強いられた。"J3クラブライセンス"の条件をクリアするためには、スタジアムの規模基準から、クラブスタッフの体制まで、様々な必須条件をクリアしないといけなかった。
「他のクラブに無いものがある」新しい価値観をもたらしたヴァンラーレ八戸。
これまでは“ストライカー”らしく、ゴールへの道筋だけを探し駆けていたが、ヴァンラーレ八戸に、また違う解があったと語る。
「ヴァンラーレ八戸に来てから、大きく考え方が変わりましたね。これまでは得点を奪うためにはどうすればいいのかを常に考えるタイプだったんですけど、自ずとチームの為に貢献するからこそ、“得点”という結果を得られるんだという考え方に変わって、チームの為に体を張って、チームの為に自分が出来ることは何なのかを考えるようになりました。ヴァンラーレ八戸は、他のクラブには無いくらい“一体感”を大事にするチームですので、チームの為に力を発揮出来ない選手は試合に出ることは難しいですし、僕自身もこのチームに貢献したいという気持ちが強いです」
「チームに貢献する」というマインドセットでJ3昇格にも寄与した金だが、J3昇格初年度の2019シーズンは中々出場機会に恵まれず、「サッカー選手としての終わり」を考えたと言う。
その後、出場機会を求め、JFLに所属する奈良クラブへレンタル移籍することを決意。
そして金は、レンタル先の奈良の地で、息を吹き返すことになる。
「去年の前半戦はヴァンラーレ八戸で一試合も出れなくて、苦しい期間でしたし、“引退”という二文字が浮かんだ時期もありました。けれども、レンタルで奈良クラブに行かせて頂き試合に出させてもらって、『サッカーを続けたい』と思っている自分に気が付くことが出来ました。そういった意味でもチャンスを与えてくれた奈良クラブ、そして、ヴァンラーレ八戸にも感謝していますし、今季は恩返しを込めて、どうにか力になりたいです」
「朝鮮大学校サッカー部でプレーすることが、プロに1番近いなと感じた」
金は少年時代、在日コリアンでありながらも、いわゆる“日本のクラブチーム”でサッカー生活に邁進した。日が暮れるまでボールを追い駆けていたサッカー少年は、後に愛知県屈指の強豪高である東邦高校サッカー部に入部し、高校1年時から試合にも出場した。全国大会出場も経験し、将来有望なストライカーとして注目される存在になる。
東邦高校を卒業するタイミングで、サッカー選手になるという明確な目標の為に大学に進学し、自身の実力にさらなる磨きをかけることを決心。いくつかの“強豪大学サッカー部”の練習に参加した金は、プロにのしあがる為の最後のステップとして“朝鮮大学校サッカー部”を選択した。
「朝大サッカー部の練習に参加した時に『ここでプレーしたい』と率直に思ったんですよ。他の大学が劣っていた訳ではなくて、朝大サッカー部のレベルが圧倒的で、当時の4年生である民哲ヒョンニン(現 京都朝高サッカー部コーチ:孫民哲)や、成勇ヒョンニン(現 いわてグルージャ盛岡アカデミーダイレクター兼トップチームコーチ:金成勇)に衝撃を受けたし、その先輩達のようになりたいと、朝大に進学することを決心しました」
「僕は在日コリアンとしての強いこだわりを持っていたのではなくて、シンプルにここでサッカーがしたいと思ったんです。実際に大世ヒョンニン(現 アルビレックス新潟:鄭大世 選手)を筆頭に、朝大からプロになった先輩方がたくさんいたので…」
その決意と言葉通り、朝鮮大学校サッカー部では確かな実績を残した。当時、関東大学サッカーリーグ2部で戦うチームで1年生時から試合に出場し、大学4年間中心選手とし活躍し続けた。
そして大学卒業後の2013年に、当時JFLに所属していた福島ユナイテッドFC(現 J3リーグ)に入団し、入団初年度からコンスタントに試合にも出場した。一見、順風満帆なキャリアを歩んでいるように見えるが、金は確固たる手応えを感じられない苦しいシーズンを過ごしたと話す。
試合に出場していようが、得点を挙げようが、満足する瞬間は一秒たりとも無く、自分には何が出来るのか、どうすればより多くの得点を挙げられるのか、日々もがき、考え続けた。その姿勢は朝鮮大学校サッカー部時代から変わらなかった。
「朝大時代に決してエリートではない集団のなかで、他の大学には絶対に負けたくないという一心でやってきましたし、そのおかげで泥臭さを培うことが出来ました。他の大学では味わえないような経験をすることによって、対応力も身に付きましたね。朝大サッカー部に進学したことは間違いなかったです」
こうして常に自身の課題に向き合い続けた金に、来る2014年、転機が訪れる。
それまでの「Jリーグ」は、J1・J2の二部構成であったが、そのプラスアルファとして、「J3リーグ」が発足されたのだ。それと同時にJリーグ準加盟クラブとして承認された福島ユナイテッドFCは、J3リーグの舞台で闘うことになる。
これでJリーガーの仲間入りを果たした金だが、当時は複雑な気持ちもあったと話す。
「プロを目指してやってきたので、Jの舞台でプレーすることは素直に嬉しかったし、モチベーションも高まりました。ただ、入れ替え戦を勝ち抜いて昇格した訳でもないし、自らの手で掴みと取ったわけでもなかった。もっとやらなきゃいけないという気持ちが常にありました」
ヴァンラーレ八戸に再び“試練”が。金はチームの起爆剤になれるのか。
ヴァンラーレ八戸は現在、5勝3分11敗と16位に位置付けており(※10月9日取材)、厳しい戦いが続いている。金自身もリーグ再開直前に左大腿二頭筋挫傷の怪我を負い、大幅な出遅れをとってしまった。
そんな劣勢のなか、怪我から復帰した金は何を想いプレーするのだろうか。
「僕はもうサッカー選手として後がない状況です。ヴァンラーレ八戸でも3年目のシーズンになりますし、ここで結果を残さないといけない。だからこそ、チームの為にも、自分の為にも、残り15試合で必ず結果を残し、チームに“新しい勢い”をもたらしたいです」
今こそもう一度、“あの団結”を。
ヴァンラーレ八戸と在日コリアンフットボーラー金に注目だ。
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