【満を持して“開花”したストライカー】在日コリアンKリーガー安柄俊 選手


 韓国のKリーグ2で戦う、水原FCのFW安 柄俊 選手(アン ビョンジュン・30)が、今シーズン凄まじい結果を打ち立てた。

 シーズン26試合に出場し21得点を叩き出し『Kリーグ2得点王』に輝き、各チームの監督・主将・メディア記者の投票で決まる『シーズンMVP』にも選出される。

 11月29日に行われた昇格プレーオフではアディショナルタイムに値千金の同点ゴールを安選手が決め、チームを5年ぶりとなるKリーグ1の舞台に昇格させた。

 驚くべきはその豊富な得点パターンだ。21得点中、右足から11得点、左足から8得点、頭から3得点。フリーキックやミドルシュートなど、何処からでもゴールを狙えるスタイルを誇示した。

 その躍進は、韓国メディアが連日取り上げるほどだ。


 東京生まれの在日コリアンは東京朝鮮高級学校を卒業後、中央大学に入学。着実に能力を伸ばしていった安選手は大学卒業後に、川崎フロンターレに入団する。

 学生時代から各世代の朝鮮民主主義人民共和国代表に選出されるなど、その能力に疑う余地も無かったが、安選手のプロキャリアは少し苦いスタートとなるーー。


入団1年目からの度重なる怪我と危機感

 2013年に川崎フロンターレに入団した安選手は、同年に膝の手術を2回行っている。一回目の手術を終え復帰を果たした後に同じ箇所を再発させ、プロ1年目のシーズンは怪我と向き合う日々となった。

 怪我の影響もあり、本来のポテンシャルを発揮できない中、必死に己の力で現状を変えようとするが、時間だけが過ぎて去ってしまう。2015年にはジェフユナイテッド市原・千葉、2016年にはツェーゲン金沢へ期限付き移籍をし、心機一転を試みるが満足のいくシーズンを送ることは出来なかった。

 「当時の僕は自分でも分かってしまうくらいにパフォーマンスが駄目で。普通の選手は試合に出れない状況が続けば、『なんで俺を使わないんだよ』と、思うはずなんですよ。でも、当時の僕はそう思えませんでした。悔しい感情が湧き出て来ないくらいに自分が駄目だということを理解してしまっていたんです。だからフロンターレからのレンタル期間を終えた時には、本当に終わるなと。サッカー選手として終わってしまうなという本気の危機感を抱いたのを今でも覚えています」

    

ロアッソ熊本での北嶋氏との出会い。「得点への感覚」を蘇らせる。

 2017年には、川崎フロンターレからロアッソ熊本へ完全移籍で活躍の場を求める。

 その熊本の地で、当時ヘッドコーチであった北嶋秀朗氏との出会いが、安選手のサッカー人生においての大きな転機となった。

 北嶋氏は市立船橋高校時代に「全国高等学校サッカー選手権大会」で2度の優勝を経験し、1997年に柏レイソルに入団。その後、Jリーグ通算「303試合出場73得点」を記録し、日本代表にも選出されるなど、日本サッカー界を代表するストライカーだ。   


「北嶋さんは自身がFWだったこともあり、親身になってアドバイスをしてくれて、そのアドバイスを実践していくうちに自分のプレーが良くなっていることを感じる事が出来ていました。練習でも試合でも安定的にゴールを決める感覚が分かってきましたね」

 その言葉通り、安選手はロアッソ熊本で「69試合出場17得点」を叩き出し、“復活の兆し”を見せた。何故、長い苦しみから解放されたのだろうか。安選手はこう続けた。

 「ロアッソ熊本に行く前までは、自分でどうにかしようという気持ちが強かったんですが、その姿勢を続けた結果、パフォーマンスが上がらなかった。だから、自分が変わる為にはもっと周りのアドバイスを受け入れる姿勢が必要なんじゃないかと思うようになり、人のアドバイスや違う選手の映像からインプットするようになりましたね。どうにかして自分に活かさなきゃいけない。そういう気持ちが出てきました」


 2019年には、当時Kリーグ2に所属する水原FCに移籍する。韓国での1年目は怪我に苦しんだが、それでも「17試合出場8得点」のパフォーマンスを発揮した。

 ロアッソ熊本時代に掴みかけた「得点への感覚」を丁寧に確かめていった。その感覚が本物なのかどうか。今のやり方でいいのか。

 「得点への感覚」を益々洗練化させてゆく。


愛の鞭を受け続けた川崎フロンターレ時代
 時は遡り2013年。

 この時から安選手の試練始まっていた。当時のチームメイトには中村憲剛選手や大久保嘉人選手とスター選手が所属していた。その中でも安選手は大学時代からの延長で漠然とした自信を持っていたが、現実はそうは甘くなく、チームを占める名選手達からは“愛の鞭”が飛んだ。

   

 「お前はボールを受ける前に何も考えていない」    
 「ヨシト(大久保嘉人)との違いが何か分かるか?」
 「もっと敵を観察しろ!」

    

 今年で現役引退を発表した中村憲剛選手や川崎フロンターレの一時代を築いた風間八宏監督からは特に手厚いアドバイスをもらった。もしかすると、安選手が持つポテンシャルを見抜いていたのかもしれない。真相は誰にも分かり得ないが、この時に受けた“愛の鞭”と、熊本時代に出会った北嶋氏からの教えが、安選手に「得点への感覚」を掴むキッカケを与えたことには間違い無いだろう。


 「ケンゴさん(中村憲剛)や風間監督が教えてくれていたことを、北嶋さんとの出会いによって、思い出させてくれました。点と点が結びついた感じですね。フロンターレ時代の教えや、北嶋さんから得ることの出来た感覚が無ければ今の自分は無いと思っています」


韓国Kリーグ2で最も危険なストライカーへと進化

 そして、2020年。

 Kリーグ2は「安柄俊」の話題で持ち切りとなった。安選手が持つ可能性は皆が認めていたが、誰がここまでの活躍を想像しただろうか。「シーズンMVP」「得点王」を獲得し、今シーズン韓国で最も注目を浴びた選手だと評しても決して大袈裟ではないだろう。

 全てのプレー判断、シュートに迷いが無く、瞬時に敵を仕留めてしまうのが、安選手の驚異だ。

 「2,3年前くらいからゴールへの感覚を掴みつつありました。それが試合を重ねる事に自信に変わり、自信を持つことによって迷いなくシュートを打つことが出来ています。大学時代やJリーグ時代初期には、フィジカルコンディションに頼るプレーが多く、波がありましたが、北嶋さんからの助言や、川崎フロンターレ時代の経験が自分を安定させました。より頭を使ってプレーするようになりましたね」     


 今季の活躍によって、ストライカーとして国内外から相手チームに警戒され、執拗にマークを強いることは容易に想像出来るシチュエーションだ。プレッシャーも掛かる「高い壁」をどう攻略していくのだろうか。最後に安選手が持つ“ストライカーとしての哲学”を聞いた。

 

 「僕達は試合に勝つ為にプレーしています。だから、勝ち点3を得るために監督から求められたプレーをしようと心がけますし、チームプレーが一番大事です。ただ、それと同時に1人のストライカーとして、『自分が点を取ってチームを勝たせるんだ』という強い気持ちを持ち合わせることが自分にとって重要なマインドです」


 チームプレーを重視する“正義”と、自分が点を取るんだという“傲慢さ”は、相反して見えるが、この矛盾を両立させる事こそが「ストライカーとしての仕事」なのだろうか。どちらにしても、その答え合わせはまだ先だ。
 2020年、「Kリーグを最も騒がせた在日コリアンストライカー」の挑戦はまだ続く。