【チャンスを掴み取る為には、常に想定して準備すること】カマタマーレ讃岐コーチ 金正訓氏(後編)


 金正訓氏は、2015年から新たにサガン鳥栖でトップチームコーチや強化部としてチームを支える日々をスタートさせる。

 これまで行ってきた監督通訳の第一目的は、監督が放つメッセージを正確に確実と伝えることだったのに対し、コーチや強化部は、自身の意思がより反映され、発言や行動の一つ一つが直接的に選手に影響を及ぼすこととなる。

 「より自分に任せられる範囲が広くなりました。コーチはテクニカル、フィジカル、メンタル的に自分から見えているものを言葉にして伝えなくてはいけないし、強化部はより全体的にチームという生き物をマネジメントしなくてはいけない。特に組織を整えるという観点ではやりがいを持ってやらせて頂きました」と、そこにはこれまで見ることのなかった景色があったと話す。

 そのクラブで選手・通訳・コーチ・強化部を歴任するということは非常に希有であるが、その任務の一つ一つを全うし、チームの為に貢献し続けた。


 そして金正訓氏は、2020年にまたしても大きな“転機”を迎える。


ガンバ大阪アカデミーの"磯"を築いた人物からの誘い

 2019年に通算11年在籍したサガン鳥栖を去り、自身のサッカーキャリアの次なるステージとして、J3リーグに所属するカマタマーレ讃岐を選択する。

 「正直カマタマーレ讃岐に行く事は想像もしていなかった」と話すように、違う選択肢も兼ね備えていた。しかし、指導者として挑戦する金正訓氏をよく知る人物が、カマタマーレ讃岐に招き入れたのだ。

 「次の道を模索しているタイミングで、ガンバ大阪時代にお世話になった上野山さんがカマタマーレ讃岐のGMに就任されことを知りました。そしてある日、電話が掛かってきたんです」

 上野山 信行氏(現カマタマーレ讃岐監督兼GM)は、ガンバ大阪アカデミーの前身である「釜本FC」時代から指導者として第一線で尽力され、ガンバ大阪ユース監督、育成担当部長、強化本部、アカデミー本部を歴任した「育成強化クラブ・ガンバ大阪アカデミー」を創り上げた人物だ。

   

 上野山氏から誘いを受けた時の心境を、「自分にとって上野山さんとはガンバ大阪時代、育成のトップであり、直接話した事もあまりなかった。とても厳しいイメージ。そんな方から声をかけて頂けたことは素直に嬉しかったし、オファーを断ることは考えられなかった。それに、今年は上野山さんが監督で自分はコーチですから、こんなオモシロイコトないですよね。今楽しいですよ、毎日。」と話す。

 金正訓氏は即座に新たなクラブで、指導者として本格的にスタートを切ることを決意する。

   
ピッチ内での積み重ねる検証と、確かな手応え
   

 「僕が就任させて頂いたカマタマーレ讃岐は、ちょうど変革期突入の時期でした。その為に上野山さんも来られた。トップチームはもちろんですが、育成部門やビジネス部門も含めて、一からクラブを見直そうとしています。僕自身にとっても新しい挑戦の年で、サガン鳥栖で培ってきたインプットをアウトプットするということ。自身の知見を検証していく時期だと考えています。昨シーズンは成績が振るわず厳しい状況でしたが、成果も確実にありました」

 金正訓氏は、今までの経験で培ってきた“眼”でカマタマーレ讃岐というクラブを分析した。2019シーズンにJ3リーグに降格した理由が何処にあるのか、徹底的に考え抜いた。

 例えばセットプレーだ。チームはセットプレーからの失点が目立っていて、そこにも明確な理由があった。金正訓氏はセットプレーの守備部門を担当して、細かいポイントから修正点を選手達に伝え改善を試みた。その結果2020シーズンでは、セットプレーからの失点数が格段に減少した。

 「日本人監督、外国人監督等沢山の監督さんと仕事をしてきました。その経験から、培ってきたアイディアを落とし込むことが出来たし、選手達も理解してくれていた。そういったパーツパーツで裁量権を頂いて指導出来たことは自身にとっての成果だったんじゃないかと考えています」
 成果が出たのはセットプレーだけではなかった。より主導的にマネジメント出来るからこそのフィーリングや手応えがあった。カマタマーレ讃岐を戦える集団にするための道筋も少しずつではあるが、見えるようになってきていた。
   
 「現時点でのカマタマーレ讃岐には専用グラウンドもなければ、専用クラブハウスもない。僕が選手としてサガン鳥栖に入団した当時と同じ状況。その時は確かに苦しく、厳しい事情ではあったが、今となってはあそこまでのクラブへと成長を遂げることが出来た。カマタマーレ讃岐にも同じこと、またはそれ以上のことが出来るんじゃないかと思いますよ」

 上野山氏が掲げるビジョンに一番に寄り添いサポートすることが、金正訓氏のミッションでもある。

   
思い描くキャリアを歩む為に必要な事とは
   

 金正訓氏には、2021シーズンにチームで課せられたミッションと、それ同様の重要度を持ったミッションが待っている。それはS級ライセンス取得である。   

 「チャンスがあればすぐにでも監督をやりたいという気持ちがある」と話す金正訓氏は、昨年末にトライアルを受け見事合格。日本サッカー指導者の最高位資格である『2021年度S級ライセンス』を受講する権利を得た。


 実は過去に、金正訓氏の元へ知人を通してから、ある海外チームから監督としてのオファーが届いていたそうだ。

 しかし、最終的にS級ライセンスを取得していなかったことが原因となり、そのチャンスが流れてしまった。この一件をもって金正訓氏は「その時点でS級ライセンスを取得していれば、そのチャンスに乗れたかもしれない」と、いつ如何なる状況でもチャンスを掴み切るための準備が必要だということを説いている。だからこそ、今年は自身で掴んだS級ライセンス取得のチャンスを物にしたいところだ。


 現時点でも充分過ぎるキャリアであるが、決して野心を捨てることは無い。「人間は歳を取るごとに安住思考になってしまうことはよくあると思うが、自分はそうなりたくないし、常に自分の夢に向かって挑戦したい。これからも沢山の失敗をすると思うが、そこからまた学び準備し挑戦する。このサイクルを繰り返したい」と話す金正訓氏。傍か見れば遠回りのような道もあったのかもしれないが、たくさんの紆余曲折を経て今のキャリアを築いてきた。夢や目標、自身が思い描く姿に近づくためには、どういったマインドが重要だと考えるのだろうか。   
 「まずは何でもいいので思い描くということ。例えば陶芸師になりたいのであれば、陶芸師になっている自分をイメージし、描き続ける。そうすると、その方向に自然と自分が導かれていくはずですよ。陶芸師になるために何をすべきか考え、それが行動を変える。行動を変えれば習慣が変わります。思考や行動、立ち振舞いを必然的に行うようになる。そういった意味でも夢や目標を叶える為には遠回りなんてないと思います」

 金正訓氏自身が、この言葉通りに自身の人生をもって「遠回りなんてない」というメッセージを体現してきた。選手として味わった挫折、その時々に訪れた転機、そしてその転機に伴って生じた気持ちの変化。金正訓氏は誰よりも自身と対話し、誰よりも自分を信じ続けた。そして「皆を驚かせたい」という意思のもと、今も虎視眈々と準備し続けている。

    
 「夢や目標に対して逆算思考を持ち、チャンスが到来した時に如何に準備が出来ているのか。掴み取る準備ができているか。それが一番大事だと思います。僕自身も日本にのみならず、海外にも目を向けて、トライしていきたい」

 これまでの金正訓氏の歩みはまだ序章に過ぎない。ガンバ大阪アカデミーやサガン鳥栖で培ったメンタリティを武器に、これからも積極的な経験を積み重ね続ける。

 そして、サプライズを通して我々を驚かす日はそう遠くないのかもしれない。