【アスリートは競技だけに専念すべきなのか?今スポーツ界に起きている変化とは】ヴァンラーレ八戸 金弘淵選手 後編


 アスリートがトップパフォーマンスを発揮出来る時間というのは、競技人生の中でもそう長くない。身体動作を用いてパフォーマンスを発揮するアスリートにとって、身体能力の低下は免れられず、アスリートのパフォーマンスもいつかは下降線を辿ることになる。しかし、そんな儚いアスリートには、たとえトップ次元のパフォーマンスを失ったとしても、絶対に無くならないモノが存在する。それは「プロになった」という経験的価値だ。

 幼少期からサッカーを始め、その多くが「プロサッカー選手になりたい」という夢を持つが、その夢を実現できるのは本当にごくごく一部である。その多くの人々が抱く夢を実現させてみせた張本人達だからこそ、ファンサポーターから尊敬の念を抱かれる。そして、その事実こそがアスリートだけが持ちうる“無形資産”だと言えるだろう。    

 しかし、その無形資産を活かすのも、活かさないのも、アスリート次第である。


 先日、【他に無いチームの"一体感"と、金 弘淵がもたらす"新しい勢い"】で取り上げさせて頂いたヴァンラーレ八戸 金 弘淵選手も、ピッチ外で、アスリートだけが持ちうる“無形資産”を活かそうとするアスリートの一人だ。

 金選手は2019年から「アスリート」と「ファン」を繋ぐSNSアプリ「KIZUNA」を活用し始め、2020年8月からは「J3サッカー選手Vlog」と題し、自身の日常生活をyoutubeで配信しては、ファンとの交流を図り続けている。自身のyoutubeチャンネルを開設する等、ピッチ外での活動も積極的に取り組むようになったのはどのような想いがあったのだろうか。


「ファンサポーターありきのアスリート」金 弘淵選手が発信活動を始めた理由。
 「プロサッカー選手として、ピッチ上で結果を残すことが一番重要ではあるんですが、僕たちはファンサポーターの方々が応援してくれているからこそ成り立っている仕事でもあります。そんなファンサポーターの方々に僕たちのことを身近に感じてもらい、より応援してもらいたいなと思っていますし、選手の立場からしても『応援してもらっている』ということを肌で感じられるきっかけにもなります。このような想いからyoutube配信を始めようと思いました」

 金選手はyoutube配信を始めるキッカケを話しながらも、自身の立ち位置を冷静に分析しているように見えた。


 アスリートとは実力社会を生きる競技者でありながらも、その姿に胸を打たれ応援するファンサポーターという存在に支えられながら生きている。アスリート自身は競技者として結果を残すことが最優先だが、多くの支えてくれている人達と交流するということも、一つの仕事と言えるだろう。クラブによっては、その類の講習をアスリート対象に設けることも多くなっている。

 だが、その学びを実際に行動に移せる人間はそう多くはない。何故、金選手はすぐ行動に移すことが出来たのだろうか。

 「何でもそうなんですが、実際に行動に移してやってみないと分からないことって多いじゃないですか。考え方はシンプルで、うまくいけばそれでいいし、逆にうまくいかなかったとしても、その時に打開策を考えればいい。一つだけ間違いなく言えることは、やってみないと出来るかどうかも検証できないということ。あとは、トライしてみることでサッカー選手以外の部分で成長を促してくれるのではないかと思って、すぐにやってみようと決めました」    
 「いいなと思ったことは『やってみる』という姿勢で日々を過ごしている」と話す金選手には、アスリートとしての強い自覚と、一人の人間として柵のない自然体な価値観が伺える。

 実際に動画の撮影から編集、更新作業まで全て自分でこなしている金選手は、初めからそういったスキルがあった訳ではなかったそうだ。

 「もともと写真を撮るのが好きだったのもあり、一眼レフは持っていました。それで映像を撮った時にきれいで、この画質を活かして日常生活を配信したら、どんな反応があるのか気になったんです。撮影とか編集はやったことが無く、ゼロから始めたんですが、とりあえずやってみようと始めただけですね。(笑)」


「アスリートたるものや、その競技だけに集中するべきだ」という考え方はもう存在しない。
 プロアスリートである限り、「ピッチ上で最大限のパフォーマンスを出す」ということが最も優先順位の高いミッションであることは間違いない。何故なら、我々ファンはアスリートから繰り出される“一般人”には体現出来ないようなパフォーマンスを目の当たりにする為にお金払い、非日常空間に足を運んでいるからだ。

 しかし、それと同時にアスリートも一人の人間だ。仕事であるアスリート業にエネルギーを注ぎながらも、自分の趣味や、競技とは異なる別の夢、ビジネスへの興味等も同じ一人の人間として抱き、行動したいと考えている。    

 その代表例として、元日本代表の本田 圭佑選手(ブラジル・ボタフォゴFR所属)が挙げられる。本田選手は日本スポーツ界を牽引するトップアスリートでありながらも、実業家として、全国に80校以上展開するサッカースクールをプロデュースし、2018年には世界的スーパースターであるウィルスミスと共同で投資ファンド「ドリーマーズ・ファンド」を設立したりと、アスリート業にかける情熱と同等の情熱で、ビジネスにも取り組んでいる。
 この本田選手の存在や、また、2020年に全世界を襲ったコロナウイルスの影響も相まり、近年のスポーツ界からは「スポーツ選手たるものや、その競技だけに集中するべきだ」という考え方は徐々に姿を現さなくなり、人生キャリアに向けてコツコツと無形資産を貯蓄しているアスリートも出てきている。
     
 「今はサッカー選手としてyoutubeをやっていますが、今後はサッカー選手じゃなくなったとしても、『自分の人生を捧げられるもの』を探していきたいと思っていますし、その為のyoutubeでもあります。ただ今は具体的なアイディアも無く、漠然としていますので、行動し続け、新たな問題意識と出会い、次に繋げたいと思っています」
 「youtubeを始めることによって、これまでには無かったコミュニケーションが生まれた」と話す金弘淵選手は、充実感と次の可能性と自身を出会わせてくれるキッカケを得られるのではないかという手応えを感じている。    
 ヴァンラーレ八戸の選手として奮闘し続ける金弘淵選手は、一人の人間として自身の人生とも向き合い続ける。アスリートでいられる限られた時間を過ごしている今だからこそ、その時間を有限なものに変えていきたいのだろう。
 そして、この無形資産というものは、アスリートだけに通ずる話ではなく、全ての人に共通する話だ。時代の変化が迫るなか、自身にとっての無形資産とは何なのか。その無形資産を活かす為にはどのようなアクションが必要なのか。一度、考えてみてはいかがだろうか。


(※金弘淵選手YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/channel/UCjITD59HY3D-5oU7BpY1kOA/featured)