これまでのサッカー人生は順風満帆だった。誰から見ても彼が持つ才能は明らかで、東京朝高サッカー部でも、朝鮮大学校サッカー部でも、紛れもない中心選手だった。
しかし、プロにはなれなかった。
2019年に朝鮮大学校を卒業後、FCKOREAに入団し1年間プレー。今年2020年、東京から遠く離れた宮城県牡鹿郡女川町を本拠地に置く『コバルト―レ女川』への移籍を決断した。
「環境を変えたい」
この一心が、フィジョン選手の体を突き動かした。
「環境を変えたかったんです。社会人1年目のシーズンはコンディションの面でも向上させる事が出来ていなかったし、メンタルの部分でも充実させることが出来ていなかった。大学時代より、走れないし、ボールコントロール出来ない、そんな自分が嫌で、このままではいけないなと思いました」
心からサッカーが好きなのだろう。そうでなければ、これまでとまったく違う環境に飛び込んでまで、自身を変えようとはしないはずだ。
「そうなんですかね。確かにサッカーが好きという気持ちもありますけど、それと同時に在日ではない日本のチームで、日本のチームメイトや監督のもとプレーしてみたいという興味関心が大学時代からありました。僕は小学校から在日として、在日の方たちに囲まれながらプレーしてきました。その当時は居心地こそ良かったんですけど、その一方で、現実はそうはいかないんだろうなという考えが常に頭の片隅にあったんだと思います」
在日コミュニティの中でボールを追いかけてきた。その中では自分自身の存在が認められていた。しかし、日本の強豪高校や強豪大学と試合を交えるなかで、そこにいる選手たちとプレーすることに興味を抱き始めた。というよりも、その中に自分が入った時、自分自身にどのような成長や変化が表れるのか知りたくなったのだろう。
「コバルトーレではセンターバックとして試合に出場していて、チームは『止めて・蹴る』を重視するスタイルなので、僕自身も後ろからビルドアップの部分でチームを支えようと考えています。在日サッカーと日本サッカーの違いの部分で言うと、あまり無いかもしれないです。在日の中でサッカーをしていた時は『きっと日本のサッカーは特別なことを教えられているんだろう』という仮説を立てがちだったんですけど、さほど変わらないですね。自分自身がそこからどれだけ学べるのかが大事だなと、思います」
フィジョン選手はセンターバックからボランチ、センターフォワードまでマルチにこなせるプレイヤーだ。そんな、どのポジションでもこなせるマルチプレイヤーにとっての最大のジレンマになり得るのは、『自分が望むポジション』と『チームから求められるポジション』が一致しない時に発生する。学生時代からマルチプレイヤーとして活躍し、各カテゴリーで様々なポジションをこなしてきたフィジョン選手にそのジレンマはあるのだろうか。
「今はポジションに対するこだわりみたいなものは無いです。チームから求められたポジション、役割を100%全うしています。試合に出場しているメンバーの中でも僕は最年少に近いので、経験あるメンバーから教わり、吸収しながら、いい経験をさせてもらってます」
言葉の節々に迷いは無く、充実感が垣間見えた。「環境を変えたい」という覚悟のもと自ら選択した道だ。実りある生活に出来るか出来ないかは自分次第だということを強く意識しているのだろう。
コバルトーレ女川は東北社会人サッカーリーグ1部からJFL昇格を目指し、日々奮闘している。チームには10年以上も在籍しているベテラン選手が存在し、単なるサッカーチームという感覚ではなく、町を代表するスポーツチームなのだそうだ。それくらい地域に密着している。
フィジョン選手はそこで、サッカープレイヤーとして活動しながら、社会人サッカーならではの『サッカーと仕事の両立』に励んでいる。
「正直、最初は仕事に対する意気込みは小さかったんですけど、どんどんやっていくうちに責任感を持ってやらないと駄目だと思うようになって…今はサッカーと仕事の両面で充実出来ていますね。何事も行動してみないと分からない事が多いです」
フィジョン選手は今シーズン、どのような意気込みを持ち、戦い抜くのだろうか。
「残り全ての試合にスタメン出場して、無失点に抑えて、チームの勝利に貢献したいです。そして来年、再来年。ここが勝負できる2年だと思うので、そこに向けてのいい準備期間にしたいです」
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