GKは孤独なのか?【在日初“守護神”Jリーガー金永基さんとGK論を語らう】


 “守護神”とは魅力あるポジションだ。

 チームでたった1人異色なユニフォームを身に纏い、サッカーという競技のなかで唯一手を使う事が許された人たちである。だが、その“特別感”とは裏腹に、GKだけが持ち得てしまう技術的感覚やメンタリティから来る“孤独感”があり、その他10人のフィールドプレイヤーはその独特な技術と思考に触れる機会が極めて少ない…

  
 GKとしての修羅場の道を突き進み、在日コリアン初のGK・Jリーガーなった男がいる。

 金永基(キム・ヨンギ)さんだ。

 金永基さんは神戸朝高から桃山学院大学に進学し、2007年に湘南ベルマーレに入団する。プロ1年目から正GKとして活躍し、その後2012年まで湘南ベルマーレに在籍。大分トリニータや長野パルセイロを経て2016年に現役を引退した。現在は母校である神戸朝高サッカー部のGKコーチを務める。

 今回はそんな金永基さんに、今までにあまり語られることのなかった「GK論」やGKを選択したきっかけなど…更には現在横浜F・マリノスで躍進を遂げている横浜F・マリノスの“在日コリアン守護神”朴一圭(パク・イルギュ)選手の活躍を、金永基さん独自の視点から紐解いて頂こうと思う。


サッカーに専念できる環境があった高校時代「神戸朝高の名を残したいという一心だった」


ーー金永基さんはどういった経緯でGKでプレーするようになったんですか?

金さん:「当時、GKを自らやりたがる選手なんかいなくて、中学1年生の時に行われた1年生大会で『GK誰がやる?』って議論になったんですよ。そしたら多数決で決めようということになり、満場一致で僕が指名されてしまった。そこからGKをやり始めましたね。最初は嫌でしたけど、その中でも自分が試合に出てシュートを止めるシーンもあったし、GKとして求められる事も“あり”だなと徐々に思えるようになったのがきっかけです」

  

ーーGKとして本格的にやっていこうと決意したきっかけはありましたか? 

金さん:「中学3年生の時に、神戸朝鮮高級学校サッカー部の強化目的で行われていた中学校選抜練習会で、当時の神戸朝高の監督であった金相煥(キム・サンファン)さんや、GKコーチであった許泰萬(ホ・テマン)さんと出会いました。そこで許さんが『GKを本気でやるなら俺に付いてこい』と言ってくださったんです。まだまだ素人だった僕にそう言ってくれる事が中学生ながらに嬉しくて、朝高でサッカーをやる意味をその言葉で見い出せました。GKとしてやってみてもいいかな、と」

 

ーーそこからプロになりたいと強く思い始めたのはいつ頃からですか? 

金さん:「高校時代からプロになれるという手応えは正直なかったんですけど、高校1年生の頃から先輩たちに混じりながら試合に出させてもらっていたんですね。そうすると子供ながらに期待されていることを感じられたし、特に監督の金さんや、GKコーチの許さんが情熱的で、僕達がサッカーに取り組めるような環境を作ってくださっていたので、心酔するようにサッカーに打ち込むことが出来ていたし、良くも悪くもサッカーが全てでした。だからといって、プロになれるという確約があった訳でもないですが、神戸朝高で高校選手権に出たい、神戸朝高の名前を残したい、という一心でサッカーに取り組んでいました」

 

ーー神戸朝高にはサッカーに全力で取り組めるような環境が準備されていて、金さん自身もそこに情熱を傾けていた。その延長線上にプロになるという選択肢があったということですね。

金さん:「まさにそうです」


ここ10年でGKの価値は上がった

ーーでは、GKの位置付けについて伺います。もちろんここ数年の取り組みでGKに対する捉え方も変わってきているとは思いますが、未だにGKを遠ざけてしまう風潮が少しばかりあるなかで、GKの位置付けを更に高めていくためにはどういったことが必要だと思いますか?

金さん:「まず日本サッカー協会におけるGKの位置付けはここ10年で見違える程に上がってきています。ハード面でも人工芝が増えてきたり、ヨーロッパのサッカーを身近に見れるおかげで、世界で活躍する様々なタイプのGKを吟味することが出来ている。特別なポジションではあるが、遠ざけてしまうようなポジションではなくなってきていると思いますね。その反面、在日サッカー界ではGK問題の以前に、サッカー人口の減少などを筆頭とした絶対数の減少が直面している。そのなかで本格的にGKを習いたい選手たちが街クラブなどに出向いてしまう傾向がある。在日社会にとっては悩ましいことではあるかもしれませんが、整った環境でGKを本格的に習える選手たちにとってはいいことだと思います。そして、僕達に出来る事はGKというポジションの楽しさや魅力をしっかり言語化して伝えていくことです」

  

ーー金選手は湘南ベルマーレでプロ1年目から試合に出場し、プロの舞台でゴールマウスを背負っていましたよね。気負いや恐怖心などはなかったんですか?

金さん:「正直ピッチに立つ前日とかは不安の方が大きかったです。緊張もあるし、前節でミスをしてしまったりしていると、また同じシチュエーションで同じミスをしてしまったらどうしようという事が頭を過ります。ただ試合が近づくに連れて否が応でもモチベーションは高くなってくるし、余計な考えは削ぎ落とされていきますね。リアクション型で受け身の多いポジョンであるGKだからこそ、不安という要素がうまく作用して、いいバランスを保つことが出来ていたんだと思います」

 

GKに求められるメンタリティ


ーーGKというポジションは11人中1人だけ着るユニフォームも違うければ、1人だけ役割とその役割を実行する手段も違う。ゴールを決められて当たり前なシチュエーションで決められてしまっただけなのに、何故かGKに責任を問われてしまう時だってある。そんな孤独なポジションを全うしていくなかで、どんなメンタリティが必要だと思いますか? 

金さん:「近年ヨーロッパで活躍するGKや、横浜F・マリノスで活躍する朴一圭選手がアクション型の新たなGK像を築いているということを踏まえたうえでも、あくまでもGKは常にリアクションが求められるし、自分からはなかなかアクションが起こせない。相手のシュートを受ける、止めるということがベースの役割です。だからこそ、どういう状況下でも良い準備をして自分のパフォーマンスを出さないといけない。ましてやGKは1人しか試合に出場出来ないから試合途中に行われる交代も極めて少ない。いつチャンスが回ってくるのか分からいようなポジションだからこそ、常に自分を見つめないと見失ってしまう可能性がある。こういった自分を律するメンタリティは現役を引退した後、社会を生きてくうえでも繋がるようなスキルを習得できるポジションなんじゃないかなと思ってます」

 

ーーGKはチーム内で3,4人は在籍していると思います。GKグループのみで行動して、フィールドプレイヤーとは少し変わったリズムで行動する時も多いと思います。例えば1番初めにピッチに出てきてチームより一足先に練習を始めたと思ったら、1番最後までピッチに残っていることが多い。GK陣が1つのグループとして行動していくなかで、心がけていたことはありますか? 

金さん:「日々一緒に練習をしている横の選手を蹴落として試合に出ないといけないし、やっぱり孤独ですよ。かといってGKの練習というものは常にグループで行うものだから、関係をギスギスさせてしまうと成り立たなくなってしまう。とはいえ、安易に仲良くしてしまってもGKグループ全体のレベルも上がらない。プロ選手としての野心を燃やしながらも、大人としての立ち振舞いが求められるし、そういう姿勢を首脳陣も観察している。特にサブのGKに関してはいつ出番が回ってくるのか分からない状況のなかでも高いモチベーションを保ち準備し続けないといけない。現役を引退したいま、僕にもそういった姿勢がもっとあれば、もっと長くプレー出来たのではないかと思いますね」

 

 前編では、金永基さんがGKを選択したきっかけや、孤独なポジションと評されることの多い“GKの価値”について語って頂いた。やはりGKは孤独で複雑性が強く、一筋縄では務まらないポジションであることは間違いなさそうだ。しかし、金永基さんが述べるように、ここ10年でGKの位置付けは高まっており、GKという仕事について語られる場面も増えてきた。トレンドは刻一刻と変化し続ける。

 

 後編では、GKとして生きてきた金永基さんに、JリーグにおけるGKの最前線に立っていると言っても過言ではない在日コリアンGKの後輩、朴一圭選手の活躍の訳を紐解いてもらった。皆を驚かせたその活躍には、並々ならぬ信念があった…