金永基さんに訊く【横浜F・マリノス 朴一圭の「自分のスタイルを貫き続けた強い信念」】


 これまでのGKとは、シュートを受ける事が基本的な仕事であり、如何にしてシュートを止められるのかということが第一条件であった。GKである限り今もその能力が求められ続ける。
 一方で、ここ10年で世界のサッカーが目まぐるしいスピードで発展し、その中で次なるサッカーの“伸びしろ”は何処に隠れているのかと模索され続け、その進化の一役を買うことになったのがGKだった。GKも1人のフィールドプレイヤーとしてチームの戦術に組み込むことによって、更に相手を上回れるのではないかと考えたのだ…
 
 近年、JリーグにおけるGKトレンドの最前線を走っている選手こそ、朴一圭(パク・イルギュ)選手だ。昨年、当時J3のFC琉球からJ1 横浜F・マリノスへのサプライズ移籍をし、移籍1年目からチームの守護神としてゴールマウスを守った。チームも15年振りとなる優勝を果たし、アンジェポステコグルー監督が擁する超アタッキングサッカーは日本中のサッカーファンを魅了した。
 そして、そのアタッキングサッカーに欠かせなかったピースがGK朴一圭選手であり、この躍進の影響で、JリーグにおけるGK像にも変遷の時代がやってきた…。
 その躍進の訳を引き続き金永基さんに聞いていきたいと思う。


11人目のフィールドプレイヤーとしての意識

ーー近年は、GKに求められるタスクが大きく変わった印象です。現在は指導者として現場に立ちながら、どのように感じ取っていますか?

金さん:「僕が選手をやっていた時(2016年に現役引退)以上に、『10+1』ではなくて、『11人目のフィールドプレイヤー』としての概念が強くなってきた。そういった意味でもシュートを止めることさえ出来ればそれで良い、という考え方は少し遅れています。もちろん前提として、シュートを止めれないといけないのですが、プラスアルファで求められるタスクが増えてきているからこそ、育成年代のGKたちも、よりサッカーを知らないといけないし、GKだけの完全別メニューだけを行うのではなくて、そもそものサッカーの理解が出来るようなことを心がけないといけません。例えばあのDFはどういった意図であのプレーを選択したのか、チーム全体の指揮を執る監督のやりたい事も理解出来ているのか。など、選手たちにはGKだけの目線ではなく、フィールドプレイヤーとしての目線も持てるような意識を持って欲しいと思ってます」


ーー11人目のフィールドプレイヤーとしての役割ですね。昨年に、横浜F・マリノスで活躍した朴一圭選手のプレースタイルも注目されました。在日コリアンGKの後輩でもある、朴選手の活躍をどのように見られていますか?

金さん:「あくまでも僕の主観ですが、キャリア的には僕よりも下のカテゴリからスタートしているし、身長もGKとしては僕より恵まれてもいない。今でこそアクション型で積極的に高いポジションを保つGKがスタンダードになりつつあるけれど、一圭(以下:イルギュ)はそのスタイルが良しとされていない時代から自分のスタイルを貫いてきた。周りからの批判や、チームから評価されない時期もあったと思う。それでもイルギュは貫いた。それがただ正しい、正しくないという考え方ではなく、GKというポジションが好きでその姿勢を貫き続けた。その姿勢が今に繋がっているし、そのスタイルを貫いたからこそ、FC琉球の金鐘成監督やマリノスのアンジェポステコグルー監督に目を付けられることになったんだと思います」


ーーどのような状況でも一貫して自分の信念を曲げなかった姿勢が、今の結果をもたらしているということですね。

金さん:「FC琉球やマリノスが目指すサッカーは、まさしくイルギュがそれまでに貫いてきたスタイルそのものです。だからチームの歯車に見事にハマった。レベルの高い環境でイルギュも更に成長し続けているし、アンジェポステコグルー監督が求めたもの以上のGK像をイルギュが更新し続け、評価され続けている。しかもそのサッカーが奇しくもJリーグにおけるGK像のスタンダードになりつつある。努力の賜物です」


ーー新しいGK像としての最前線を走りながら、下のカテゴリーからでも結果を残して実力さえ証明することが出来れば、J1の舞台で活躍できるんだというキャリアの観点からも新しい流れを作りましたよね。
金さん:「その通りですね。そういった意味でも今だけを取り上げるのではなくて、イルギュがここに至るまでの過程の部分にもスポットライトを当てて、伝えていくことが、より後輩達の為になるし、僕達の役割でもあると思ってます」


ーー今後、朴選手のようなGKを輩出したいと考える時、育成年代ではどうのようなアプローチが必要だと感じますか?

金さん:「イルギュはシステムの中から輩出された選手ではないし、イルギュ自身、GKというポジションが好きで自分のスタイルを貫いたからこそ、今の立ち位置があると思います。ただ、だからといってそれぞれの力量に任せた自然発生に頼る訳にもいかない。GKとして魅力やGKがもたらすチームへの影響力のような要素たちを言語化して伝えていくことが僕達の役目です。そういった意味でも言語化するシステムを作らないと、イルギュみたいな選手が今後生まれてくる可能性は低くなるのではないかなと、考えています」


子供達の背中を押してあげれるような指導者に


ーー今は神戸朝鮮高級学校でGKコーチとしてグラウンドに立っています。指導するにあたり、ご自身で意識している事ありますか?

金:「現役時代に在日の看板を背負ってやったからこそ、国籍や肌の色を問わずした子供達に、自分の持てる力を還元したいです。それがサッカーの楽しさでもありますので。ただ、指導者としてやっていけば行くほど、各地域の朝高の現状や、在日サッカーの事を肌で感じるようになったし、こうやって今、神戸朝高のGKコーチとして携わらせて頂いているのにも、様々なきっかけがありました」
 
ーーどのようなきっかけだったんですか?
金さん:「安英学ヒョンニン(以下:ヨンハッヒョンニン)の想いに触れたことが一つのきっかけです。ヨンハッヒョンニンはウリハッキョ(朝鮮学校)の人数が少ないなかでも、子供達と一緒にボールを追いかけているんですが、決してプロを輩出したいという想いだけでやっているわけではない。だとしたら、なぜ子供達を教え続けるのかというと、ヨンハッヒョンニン自身が今と同じような環境からJリーガーになった過去があり、共和国代表としてワールドカップにも出場し、夢を叶えた。その道を作った自負があるからこそ、今の子供達にもサッカーを通して夢を持たせてあげたいんだと思います」
 

ーー夢を叶える道ですね。最後に、金さんはどのような指導者像を思い描いてますか?

金さん:「サッカーの技術を教えるだけではなくて、選手達が朝高を卒業した後に、朝高でサッカーをやり続けて良かったと思えるような形を作りたいです。あくまでもプロになりたいのか、別の道に進むのかを決めるのは選手達自身なので、僕達としては、選手たちの道標になって、背中を押してあげれるように、選手達と共にグラウンドに立ち続けたいと思います」
 
ーーありがとうございました。共に頑張りましょう!