【“J昇格有力クラブ” いわきFC 金大生】-フィジカルスタンダードを覆すクラブでの挑戦-


 スポーツ業界に“ニューノーマル”を創造しようとするクラブが福島県いわき市に誕生した。Jクラブ顔負けの最先端の施設を完備させ、「日本のフィジカルスタンダードを変える」というビジョンのもと、スポーツ科学を駆使したトレーニングでアスリートとしての身体能力を強化するいわきFCは、「興行としてのスポーツ」を力強く発信し続け、スポーツの力を通じていわきという街を「東北一の都市」にすることを試みる。


 「スポーツを産業化する」というフィロソフィ―を掲げるアンダーアーマーの日本総代理店を務めるドーム株式会社が本格運営に参入することにより、圧倒的な変貌を遂げてきたいわきFCには、クラブ創設初期から中心選手として活躍し続ける在日コリアンフットボーラーがいた。

 金大生(キン・デセン)選手(25)だ。

 クラブのフィジカルスタンダードを牽引する存在である金選手に、J昇格を目指すいわきFCというクラブでプレーするやりがいと、自身の今後のキャリアについて伺った。

今年から全選手がプロ契約に
 

 爆発力のあるスピードと、1対1の強さが武器の金選手。

 東京朝鮮高級学校を卒業後、駒沢大学に入学。入学後は1年生時から試合に出場し、プロ入りも有力視されていたが、プロとしての就職先を確保することが出来なかった。「Jに行く目処が立たず、サッカーを続けるかどうかすらも迷った」と話す金選手であったが、当時のいわきFCには駒沢大学時代の先輩がプレーしており、しつこく、いわきFCの練習参加に来るように誘われたそうだ。「いざ練習に参加してみるとクラブとしてのビジョンが明確にあって、練習の質が高く、何より楽しかった」。金選手は練習参加からすぐにオファーを貰い、いわきFCへの入団を決意した。

 JFLや地域リーグでプレーするサッカー選手のほとんどが、サッカーと仕事の両立を図りながら選手としてのキャリアアップを目指す。そして、その中の一部の選手が「プロ契約」を結び、サッカーに専念出来る環境を獲得する仕組みで成り立っている。
 しかし、このいわきFCはアマチュアリーグの中でも異例な動きを見せた。いわきFCは今シーズンから、いわきFCでプレーする全選手とプロ契約を結び、全選手にサッカーに専念出来る環境を提供する施策に打って出たのだ。このプロ契約について金選手は「全員がプロ契約になることによって、皆にプロとしての自覚が芽生えるようになったし、よりチームに順応しようとする姿勢が出てきた」と話す。この話を聞くだけでも“整えられた環境”だと思うかもしれないが、それだけでは終わらない。クラブハウスからグラウンド、日々筋トレを行うジムも壮大で、サプリメントを含めた栄養面でも完璧なバックアップがあり、スパイクやウェアなどといった備品の面でもとにかく充実しているそうだ。金選手はこのクラブでプレーするやりがいをどのように感じているのだろうか。
 
 「環境が整っていることはもちろんのこと、サッカーそのものの質が高い。いわきは、戦う・走り切る・倒れない、“魂の息吹くサッカー”というものを追い求めています。だからよく、フィジカルだけに特化したチームだと勘違いされる時もあるんですけど、戦術面でも、後ろからしっかり繋いでゴールを目指すサッカーをしていますし、その中でも僕はサイドでボールを持ったら1対1を仕掛けて、球際も闘って、チームの為に90分間走り切ることを求められています」と話してくれた。
 
 金選手はいわきFCでのプレーによって、自身のサッカー選手として能力が大学時代に比べて大きく成長している。90分間走りきる体力、高強度なプレーを繰り出し続けるインテンシティ、当たり負けしない身体の強さ、そして最大の武器であるスピード。いわきFCでのトレーニングでポテンシャルは日々拡大し続けている。そんな金選手は自身の今後のキャリアをどのように思い描いているのだろうか。
「Jに上がって当然」という“覚悟”を持って挑む今シーズン
 

 いわきFC入団1年目のシーズンでは、J屈指の強豪であるコンサドーレ札幌や清水エスパルスと天皇杯で対戦し、確かな手応えを感じた。そして、多くの在日コリアンがそのJリーグの舞台で活躍しているのを横目に「自分にもやれる自信がある」と感じた。そんな金選手が、Jリーグの舞台に足を踏み入れる為の道筋は2通りあると考えられる。

 一つは、金選手が今シーズンもさらなる活躍を果たすことによって、選手個人としての評価を獲得し、キャリアアップを果たすという方法。

 そしてもう一つは、いわきFCがJFLという荒波を乗り越えて、チームと共にJ3昇格を目指すという方法だ…。金選手は果たしてどちらの道筋から這い上がるイメージを描いているのだろうか。

 

 「このチームでJに上がりたいです。このチームはJに上がらないといけないクラブでもあると思うし、何が何でも昇格したい」。


 JFLを勝ち上がっていくことは並大抵のことではない。全体的に引いて守るチームが多いと言われているJFLの舞台で、どう切り崩していくのかがメインテーマになるだろうし、その鍵を握るのは、サイドで豪快な突破を図ることが出来る金選手が握っていると言っても過言ではないだろう。7月に行われた奈良クラブとのリーグ戦でも、サイドから再三チャンスを演出し、チームの勝ち点3獲得に大きく貢献した。ハーフタイムのロッカールームでは「テセンにパスを出せるなら、テセンに出せ!」と監督の檄が飛んだように、チームが金選手に求める期待は大きい。

 

 「フィジカルパフォーマンスの部分でも、日頃のトレーニングから高いものを求められる。そういった状況のなかで順応に苦しむ選手もいたりするけど、そういった時こそ僕が見本となれるような言動やプレーをして、チームを引っ張っていきたいです」と話す金選手は、いわきFCでのプレーが4年目に突入した。チーム内でベテランの役割を果たすべきポジションに立つようになり、自身のプレーや意識にも変化があった。
 クラブを引っ張る存在としての責任感が芽生え始めた金選手が「Jに上がって当然という覚悟で臨む」決意を示してくれたように、スポーツ界にニューノーマルなクラブの在り方を提示し、そのフィロソフィ―に伴う実力を加えてきたいわきFCが、Jの舞台に昇格するその日は決して遠くないのかもしれない。
 
 そして、そのいわきFCがJFLの舞台からJの舞台へと這い上がり、また1人、Jリーグの舞台に足を踏み入れる在日コリアンフットボーラ―が増えることを大いに期待しよう。